架空筆者 町川菜帆
午後6時38分。
仕事帰りで駅前通ってそのまま直行。行き先はライブハウス。
日が沈んで立ち並ぶ赤提灯だけが照らす道を仕事用の鞄ひとつ提げて歩く、歩く歩く歩く。
ボヤボヤしていたら通り過ぎてしまいそうな場所だから、気をつけてよって現地集合予定の友人がDMで言っていた。
そう言われるともう目的地を過ぎてしまったんじゃないかと不安になってきて、マップアプリを何度も開く。大丈夫大丈夫大丈夫。徒歩であと4分。
友人からメッセージが来た。
『迷ってない?』だって。なぜだかはわからないけどほんの少し悔しい気持ちになって『大丈夫。競歩の選手みたいに歩いてる。』と返信した。
『足ちゃんとつけなさいよ』だって。バカにされているんだろうか。高校のクラス替えの時から一緒だからもう7年の付き合いになるけどほんと、そういうとこだよ。
悪態を口の中で混ぜこぜにしながらアプリの示す通り左に曲がる。
コンクリートの庭園を散策しているみたいで酔いそう。あっちの壁の裏側には喫茶店があるみたい。どっしり重たそうな外装がちらっと見えた“カフェ”じゃない、まさに“喫茶店”って感じ。
今度一人で行ってやろうかな。それでコーヒーの飲めない友人に教えてやるの。「前のライブハウスの近くに良い店があるの」なんて。
そんなことを考えているとどうやら行き過ぎてしまったみたいだ。首をぶんぶん振って引き返す。ほどなくして友人に会った。
ライブは二人組のギター弾きと三人組のロック・バンドが交互に演奏していた。『タイバン』というらしい。帰りがけ友人に「よかったね」と言ったら「そう、すごくいいの」と『すごく』を付け足された。
街灯に薄められてしまったような星を並んで見上げて歩いていたら「ここの近くにモンブランが美味しい店があるの。カフェっていうより喫茶店って感じの。」と彼女は言った。
「そう、すごく良さそうね」と返した。