架空の日記 岸くらげ(21)
153cm44kg、居酒屋バイト。よく言われる言葉は『変わった名前だね』と『本当に東京出身?』
「岸さん、これ差し入れ」
早上がり前の店長がペットボトルを差し出してきた。禍々しいほどのピンクが500ml。
「ありがとーございます」
でも何で急に絵の具みたいな色のジュース?
「岸さんって、お茶とか炭酸水よりイチゴミルクってイメージだからさ。」
何となく体温が下がったような感覚に襲われた。少しでも体温を上げたくて、へらへらしながらも「そーですか?飲んだことないですけど」と返す。
店長は意にも介さず不思議と楽しそうに話し続けた。
「知ってる?40年もパッケージ変わってないらしいよ」
「そーなんですか。すごいっすね」
まだ笑顔、笑顔笑顔笑顔平常心普通普通普通。
「じゃ帰るね、おつかれ〜」
ひらひら手を振る店長に頭を下げる。
「おつかれさまでーす」
働く時間は恙無く進む。早く帰ろう。
エプロンの紐を解いて私服に着替えて結っていた髪もほどく。鞄の底に転がっていた何時ぞやのタバコの箱をデニムジャケットの内ポケットにねじ込んだ。(はあ、またか)
誰も私の本当の姿が見えていない。
小柄な背丈にホンワカした喋り方、着たいスーツより似合うワンピース。くだらない。
とか何とか勝手に自分の中のギャップをこじつけて、他人からの善意さえも後ろ向きに変換しちゃう私が一番くだらない。
でも、だからって全部私が悪いわけじゃないと思う。
誰も私の本当の姿を知らない。
久しぶりに羽目を外したくなってスニーカーを脱ぎ捨てる。自分の足が変形していくこの瞬間が私は好きだ。
誰も私が宇宙人だってことには気付かないだろう。
少なくとも、あと40年は。