架空筆者 田和篤巳
帰り道、『児童館コンサート開催のおしらせ』が貼られた電信柱の陰で何かが動いている。
近づいてみると何かもこちらに気づいたのか、尻尾を振りながら目を合わせてきた。
犬だ。
中型犬がいた。
かげかたちこそは犬だったが俺の知っている犬とはある一点で大きく異なっていた。
犬の体表が水色に輝いている。
鼻の付け根からせわしなく振れる尻尾まで全て蛍光色に近い水色の絵の具で塗りたくったように染まっていた。
カラーひよこの犬版か?
幼稚園児だった頃、近所の志波さんに連れられた夏祭りで見たあの目に眩しい小さな塊の記憶が蘇ってクラクラしてきた。
電信柱に手をついて体重を少しばかり預けていると、水色の犬は心配そうに顔を覗き込んでくる。
深呼吸しても、犬は間違いなく水色だった。
「水色」
水色、水色か。色の中でも一等変な名前だ。無色のものの名を持ち出して水色。水は水色じゃないのに。
よりによって水色。この犬は水色なのだ。
犬は俺の顔をじっと見る。
俺は犬の振れる尻尾をじっと見る。
しばらくそうしていると犬の尻尾を軸に空間ごとリズムを刻み始めた。
その不安定な音には聞き覚えがあった。
腹を立てているわけでもないのに舌打ちばかりする女がブレンドコーヒーを飲んでいる、あの近所のカフェで流れるガムランの音だ。
そこに子供がやってきてジュースを地面にぶちまける。
犬色の水がコンクリートを這っていくのを尻尾と共に眺めていた。