エモく言ってもダメなものはダメです
油の匂いに満ちた部屋で絵を描いていたら、全長が指の爪程度の雌虫が視界にチラチラ映り込んできた。毎年のことながら彼女達からは非常に人気だ。
あまり気にしないようにして自画像の頬ラインを硬めの筆でなぞる。やっぱり午後は眠たくなるものだなとか考え事しながらも腕は痛い。
怪我のなかには一生付き合っていくものもあると聞くからあまり大事にならなければいいな。
いよいよ疲れてきた右手を下ろして椅子に座り直そうとすると左足に懐かしさすら包含した違和感があった。
見ると血管まわりが圧迫後のように赤くなった踝。
隣に膨れた腹で重そうにふらつく脚の長い一匹。
そうか、もう夏なんだ。じんわりと神経を伝う痒みを確かに知覚するのと同時に左手で脚の長いそいつを握った。
小指の爪に塗る程度なら十分な量の血が手の中で弾けたのを確認して、筆を拭くためのティッシュで包む。
徐々に痒さを増す踝をそっと撫でた。