記憶の固執(仮題) 日記書くの楽しいよという日記
一番最初の記事で書いたように紙媒体でも日記をつけている。
文の繋がりはほとんど無いし主語は抜け落ちていることが多い。その日にしか通用しない記録の塊。そのうえ書き忘れる日が続いて突然日付が三つも飛んでいたりもする。
そんなぐちゃぐちゃの日記でも、書き続けていればそれなりに面白い読み物になるから不思議だ。
昨日の夜は久しぶりに読み返してみた。
今書いている日記帳が2冊目で累計400ページを超えたあたりだと思う。
観に行った演劇のことや美味しいごはんのことを読んで思い出に浸り、時々どうあがいても解読不能な虫の這った跡みたいな文字に困惑しながらページをさかさにめくっていく。
ふとある日の項が気になった。
1月14日、火曜日の晴れた日。
この日の僕はなにかに怒っているようだった。「くだらないイチャモンでひとつのコンテンツをだめにして一体そこに何の得があるのか」以降はひどい言葉が続いていたその日。
コンテンツがだめになった?
1月、この時期はそれなりに忙しかったはず、
困ったことになにも思い出せない。ラジオバンダリーが消えた日?いやそれはもっと前だ。
こんなに強い憤りをもっていたのに半年と経たないうちに忘れてしまうなんて。
現場の熱量がピークなのは何もかも同じなんだろうか。むなしくなる。
例え気持ちのいい記憶じゃないとしてもなんとかして思い出したい。
冴え渡らない勘でいうとジャンルは多分お笑い芸人のネタが炎上した系統だと予測される。去年からお笑い熱が三年越しの再沸騰を迎えたからだ。
馬鹿みたいに繊細な受け手が多いものなんて表現の前にはいくらでもいるから難しい。
わかったらご一報ください。