夜更ししないで、早く寝る

文を並べると文章になります。

新話、架空の談義

休日は平日に比べて宅配業者が頻繁にマンションを行き来する。

チャイムが鳴るのは誰か人が来た合図だと思っていた認識の甘さを反省した。訪ねて来るのは人とは限らない。

 

訪問者は座布団にすら遠慮をして、カーペットの上に直接座り込んだ。

どうやら思ったことがすべて口から溢れてしまうらしい。背格好は壺にそっくりだ。

恰幅が良くて肌が陶器のようだとかそういう喩えではなく、壺そのものの形をしているという意味で背格好が壺にそっくりだ。

ドアを開けた瞬間食器がぶつかるような音がした時はさすがに面食らったが、ある日家に門限の早いギターが訪ねてきた友人の話を聞いていたので、壺が玄関にいるということ自体にはさして衝撃はなかった。

特に名乗りも無かったので彼(?)の事は壺と呼ぶことにする。

 

壺は常に話し続けていた。人の形をしている私とは少しばかり体のつくりが違うらしく、話す時には口(壺でいうと上から覗き込んだ時に見える穴の部分)を動かすことはしない。

音とは空気の震えが伝わって届いたものらしいが、壺の『言葉』は“音と空気の震えが届く”という感じがした。それは大聖堂の巨大なピアノを思わせた。大聖堂など行ったことはないのにも関わらず。

 

なにせ思ったことが全て声になる。部屋の湿度が低いことやタンスが指一本分開いていることも気にかかるらしく、それらが相談の隙を縫うように飛び出してくる。お陰で話している内容はほとんど頭に入らなかった。

 

私は「よくわからないので、筆談にしてみてはどうだろう」と口にした。壺は自らの体が壺であることの必然性、人の形との違い、そして部屋の窓の拭き掃除が必要なんじゃないかということを言った。

 

壺から不快さや傷ついた様子は感じられなかったがその口から溢れてくる音を聞き取ることはできなかった。

気まずさを感じて「思ったことを咀嚼してから口にする力があったからといって余計なことを言わないわけではない」と反省していたら、それが声に出ていたようだった。

矛盾、とどこか嬉しそうな空気の震えが部屋全体に響いて壺は帰っていった。時刻は15時。

壺もまたギターと同じように門限が早いのかもしれない。