架空筆者 千坂明太 『レシート』
買い物をしにスーパーに来た。
白い機械からレシートが出てくる。
明日の献立に組み込まれた食材、洗濯用洗剤、コピー用紙、半角カタカナ混じりの文字で記された細長いカミを目で追っているとくらくした。
税率の違いなんかもしっかり表示されている。立派な書面だ。レシートは人間が生活で最も身近に触れられる重要文書なんじゃないかとさえ思う。
あれこれ考えている間にもレシートが出てくる勢いは衰えず、まるで包丁名人の桂むきのようにその距離を延ばしている。
「それ、疲れませんか」
レシートが出てくる白い機械を操作するお姉さんに訊いてみた。なぜか気になったのだ。すると
【紙、ですから】
と返ってきた。なんと言っていいかわからず顔を伏せた。
シュルシュルとレシートが出る音だけが流れる。
「レシート、いいです」
と顔は伏せたままにつぶやいてドアを開けた。
彼女は僕のこともレシートのことも見ていなかったようだった。
家に帰るとまず出費を計算する。レシートをもらい損ねたので推定で。
お姉さんはまだレシートを出し続けているのだろうか。きっともう僕のこともレシートのことも無かったみたいに別の業務に勤しんでいるのだろう。
僕は缶コーヒーを開け、力加減を間違えてプルタブを缶の中に入れてしまった。