夜更ししないで、早く寝る

文を並べると文章になります。

酒を飲んだことが無い人間によるお酒話

最近呼吸が浅くなった気がする。

天気予報が外れて邪魔な傘を無駄に持ち歩くはめになったし、社内のコーヒーサーバーは私が使う時に限ってお湯がきれる。

昨日の夜入ったコンビニにはパンがひとつも無かった。そして今日帰りしなに寄ろうと思っていた、趣味が合ったきっかけで親しくなりかけていた後輩に勧められた居酒屋も閉まっていた。

行方の知れない喪失感を埋めるべく酒でもひっかけようと思い立ち、帰路から外れた路地に入る。

そこで一軒の店が目にとまる。いかにも酒を専門としていますといった店構え。

外観はスナックのような風体だが窓から覗けばアメリカ製のハードボイルド映画を思わせるバーのながめだった。

自分の機嫌は自分で取るべきだ。昔のドラマを思い出しながら扉を開ける。店内は外から見るより広く、幅の狭いカウンターとやけに薄っぺらいテーブルが五個ほど並んでいた。

私と同じような背格好の中年男性ともう少し細身の、いや痩身といった方が適しているような背広姿の青年がそれぞれ端のテーブルに座っていた。

背広男が三人等間隔にテーブルを陣取るさまを想像したらどうにも滑稽だったので、カウンターに腰掛ける。

店主と思わしき女性はレイコさんと言った。

クレオパトラのような(といっても当然見たことはない)冷ややかで知的な雰囲気を纏っており見た目には年齢が全くわからない。20代と言われても40代と言われても納得できる。ただ何となく歳上のような気がした。

言われるがままに酒を注文し言われるがままに飲んだ。喪失感の在りかと探し方についてのレイコさんとの議論は妙に白熱した。

ひとつの結論に至るたびに新しい酒を注文する。そして飲んだ。また頼み飲む。

それはもう浴びるように飲んだ。

 

どれくらい飲み続けただろうか。店内は私とレイコさんの二人だけになっている。

木枠にはまったガラスの向こう側は黒一色で、ビショ濡れになった私を映していた。

─ほんとに浴びることないのに。

レイコさんが可笑しそうに笑ったから私も笑った。

 

店の外はやはり真っ暗で、街灯だけがぽつぽつと帰路を示していた。冷たい風がスーツを抜けるように通る。

田舎から出てきて二年と半年。段々と落ち着いて腰を据えるくらいの余裕は生まれてきた。街灯のさらに奥の闇を見つめて息を吐き出す。

星は見えないけど、案外悪くない。

 

翌日、風邪をひいた。